創業から百十余年。今野印刷株式会社は時代を超え、技術革新を先取りしながら事業を拡充してきました。その舵を握るのは、異分野からこの世界に飛び込んだ橋浦隆一社長。「変化し続けること」を行動指針に、紙・ウェブ・動画コンテンツの連携はもちろんのこと、「印刷」の周辺業務を担うBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)事業やDXを活用した地域活性化プロジェクトへの参画、さらに将来を見据えたM&Aも積極的に展開しています。仙台市地域中核企業輩出集中支援事業への期待も含めてお話をお聞きました。
―「創業100年のベンチャー企業」が御社のキャッチフレーズですね。仙台のまちに根ざした老舗として、新分野に挑むマインドを象徴する言葉だと感じます。5代目社長に就任して25年。まずは事業承継当時の思いをお聞かせください。
私が仙台に戻ってきたのは1999年。ちょうど印刷技術の進化が加速した時期に、妻の実家の家業であるこの会社を引き継ぐことになりました。社長に就任した当時、まず社内を見回して危機感にかられたのを覚えています。客観的な事実を踏まえると従来のやり方ではまずいという明確な結論が導かれるのに、それを見ようとしない人が少なからずいたからです。「紙が一番」「紙だけでいける」というのはノスタルジーであり幻想です。紙に固執し、顧客から注文を受けた印刷だけをする旧態依然とした印刷会社のままでは、時代に即した変化ができず、淘汰される可能性が高いと感じました。
―それは前職で培ったご経験も関係していたのでしょうか。
私は大学で経済を学んだ後に10年間、第一生命経済研究所の証券アナリスト、エコノミストをしていました。さまざまな経済分析を通して実感したのは、安泰な業界などないということ。大きな証券会社も銀行も時代の変化には抗えず、時代の波に飲まれ、淘汰されることがある。世界を席巻した日本の家電業界の落ちこみ、半導体製造の栄枯盛衰もその象徴です。そんな景色を見てきて、変化を拒む者には未来がないという確信を抱くようになりました。
ただ、印刷業界自体がダメだと思ったことは一度もありません。むしろ変化が激しいからこそチャンスがあり、潮流に乗れるか否かで二極化が激化していくでしょう。弊社が100年続いたということを「100年変化し続けてきた」と読み換えて、私もまたベンチャースピリッツを持って変化し続けたいと思っています。
―変化へのチャレンジ精神が「紙とデジタルの融合」という新たな事業展開となるわけですね。
印刷業務の周辺には多様な業務が存在しています。例えば企業がDMを発送する場合、それまでの過程に企画や戦略があります。また、印刷技術はデジタルとの親和性も高いのでデジタルコンテンツへの展開の可能性もあります。そうした周辺業務に着目し、取り込むことで、まだまだチャンスは広がると考えました。
代表に就任した翌年の2000年、手始めに社内にネット事業部を立ち上げて、当時NTTドコモがスタートさせたばかりのインターネット接続サービス「iモード」の動画配信コンテンツを制作しました。この取組みが、その後のwebページ制作事業、社内報のデジタル映像化、「仙台まちいこ」などのスマホアプリの開発などにつながります。いまや紙とウェブ、動画コンテンツはワンセット。私たちはアプリの利便性やコストの低さをひとたび手にしたらもう手放せません。
仙台市商工会議所が主体となった「仙台まちいこ」は商店街の歳末大売り出しなどの情報や割引クーポンが入手できるアプリです。みなさんもお使いになったことがあるのではないでしょうか。映像部門についてはデジタルコミュニケーションに特化した別会社「K-SOCKET」を設立し、大学で映像制作を学んだ人材を積極的に採用しています。
―AI技術を活用した商店街振興にも力を入れているとお伺いしました。
印刷業以外の分野でのテクノロジー活用の点では、デジタル技術を活用してまちの活性化を目指す地元企業によるプロジェクト「仙台まちテック」にも参画しています。数年前、AIビジネスの勉強会に誘われたのがきっかけで、「AIの可能性に触れて商店街の賑わいを取り戻したい」「テクノロジーを使って社会問題を解決したい」という思いを強くし、本事業を開始しました。まちテック事業では、AIカメラで市中心部商店街の人流データを取得する実証実験などを行っています。今後は、商店街のITリテラシー向上はもちろん、実務を担う若手の育成とDXを活かした細やかな販促の両輪で進める必要があると感じています。
―近年はBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)部門でも業績を拡大されていると伺いました。他企業の、特定の業務領域を一括して受託するという事業ですね。
実は最初からBPO部門をつくろうとして事業に乗り出したわけではありません。始まりは一通のDM印刷の受託でした。まずお客さまの要望に耳を傾け、より役立つサービスの提案を繰り返すなかで、結果的にデータベースの管理から販促キャンペーンの企画、コールセンター業務などをまとめて委託いただくことができました。これは汎用性の高いBPOのパッケージ商品を売り込むのとは異なるアプローチです。確実な付加価値をお届けする提案や、きめ細かいサービスの遂行により、信頼関係を築き上げることで、新たな収益につながるという大きな手ごたえを感じました。
―御社のBPO事業は業務の受託にとどまらず、お客様との信頼関係や長期的な価値創出にもつながっているように思います。どのような考えでこの事業を展開されているのでしょうか。
BPOは、いわば業務のボトルネックを解消する手立てです。それは弊社の「社会に必要とされる会社であり続ける」という理念と重なります。「社会」とは取引先のメーカーや金融機関、行政などすべてのステークホルダー、「必要とされる」は価値の創出、つまり価格と品質に見合った適正価値を提供する地域企業としての責任を意味します。そして10年後、20年後も「今野印刷があってよかった」と思っていただけるサスティナビリティは、100年企業で働く社員一人ひとりの誇りや自信につながると考えています。
―新たな事業に取り組む際の苦労や、社内の反応はいかがでしたか。
振り返れば、印刷とは全く別の業界出身であることで苦労しましたが、だからこそ既成概念にとらわれずに進んでこられたともいえます。代表に就任した当時、私はまだ33歳で、先々代からの古参社員も少なくありませんでした。世代に関わらず、急激な変化を好まない社員がいる一方で、新規事業に活路を見出す社員もいました。それでも、古参ながらも柔軟な発想で常に私の背中を押してくれた社員のことは、一番の功労者だと感謝しています。
―スタートアップ分野にも積極的に関与されていますね。それはどのような観点からですか。
まずは私自身の勉強のためです。創業 100 年のベンチャー企業の看板に恥じないようチャレンジし続けなくてはならない。だから実際にスタートアップを立ち上げようとしている人たちの姿やエネルギーを感じ取って自らを鼓舞したい。AIや宇宙工学に代表されるような東北大学発のディープテック分野のスタートアップはもちろん、コアの祖業がありながら新たなビジネスに取り組む「第二創業」や、事業を承継しつつ方向転換して躍進する企業にも大きな関心を抱いています。
同時に、若い方たちの役に立つならば、私が前職で培った経済分析や財務分析の知識と一経営者としての経験を惜しみなく提供したいです。25 年前にベンチャーを起業するような意気込みで会社を引き継いだ私の立場からアドバイスできることもあるかもしれません。
少子化や過疎化が進む東北地方は課題先進地域だといわれます。課題を解決することによってマネタイズができ、同時に地域全体が活性化するのが最も望ましいあり方です。どんな会社も社会的貢献なくして存続できません。言い換えれば、ビジネスの基本はお客様の困りごとを解決することに尽きます。DXやM&Aは決してそれ自体を目的とするのではなく、困りごとを解決する手段として大いに活用していくべきだと考えています。
―仙台市地域中核企業輩出集中支援事業に応募された理由をお聞かせください。
企業の持続的成長には、中長期的な経営戦略に関する客観的な評価・点検が不可欠です。経営者はチャレンジすればするほど判断を迫られ、悩みが尽きません。例えば今後、BPO部門を柱の一つに位置付け強化していくならば、提供していく付加価値やコンテンツをどう拡充すべきか。また、これまで企業数社のM&Aに成功しているけれども、果たして事業ポートフォリオ上での方向性は誤っていないか。そうした岐路にあって専門家の知見がほしいと考えていたタイミングで、市の支援事業を知りました。これは利用しない手はないと応募したわけです。
―本事業を通じた今後の展望をお伺いします。
期待することは大きく二つあります。一つには想定するM&Aを成功させ、シナジー効果によってグループ会社の企業価値を高めること。二つ目は、商店街活性化を含むまちづくりに関する知見を高めて「仙台まちテック」を次のステップに導くこと。どんな経営者もそうでしょうが、30代の頃は一般社員と同じ目線でコミュニケーションできた経営者でも60代になるとそうもいかず、経営者同士で高め合うにも限りがあります。本事業を通して、私の手の届かないところ、気づいていないものを吸収し、地域とともに歩みを進め、成長を遂げていきたいと考えています。
企業情報
今野印刷株式会社
業種 | その他の業種
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住所 | 仙台市若林区六丁の目西町2-10 |
TEL | 022-288-6123 |
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