山形県山形市に本社を置くスズキハイテック㈱は、金属めっき加工会社として1914年に創業。ダイバーシティ経営企業として全国から注目されています。五代目・鈴木一徳社長の下、外国人社員の採用を契機にダイバーシティ経営を推進している同社は、多様な人材が組織に融合しそれぞれの能力を高め合うことで大きく飛躍を遂げています。受注型から開発主導型へ、画一性から多様性のマインドへ。人材不足のピンチを、柔軟な思考と強い信念でプラスに変えた、その過程と成長の背景に迫ります。
―2006年に創業以来最高の25億円の売り上げを記録して以降は、リーマン・ショックなどの影響で業績不振が続き、社長に就任された2015年には16億円、2018年には11億円まで落ち込んでいたそうですね。それが、2022年以降は過去最高を更新し続け、2024年は42億5000万円。驚くほどのV字回復です。
先代の社長である父は、堅実な経営を重視していたので、大きな設備投資は行わず、2015年時点での自己資本比率は92%でした。当時の会社は、メーカーの依頼どおりにめっきの表面加工を行う受注型。新たな仕事を開拓する営業も行っていませんでした。私の代だけなら、規模を縮小すればこれまで通りの経営で生活ができたでしょう。しかし、それでは次の世代に未来はありません。そこで、社長就任と同時に、開発提案型へと大きく舵を切りました。
また、父は海外に進出しない方針でしたが、2010年代は多くのものづくり企業が海外展開を強化していた時代。今後の市場や社会情勢を踏まえ、海外進出の必要性を感じていたことから、2010年に中国の企業と技術提携を始め、2014年には同業他社とメキシコに合弁会社を設立して工場を建設し、成長への土台づくりも行ってきました。
―メキシコへの進出が、ダイバーシティ経営のきっかけとなるわけですね。
工場の建設や完成後の現地でのオペレーションに、スペイン語ができる人材は不可欠でした。当時はスペイン語ができる日本人の人材を探していましたが、南米に進出する日系企業が多く、日本人通訳者が見つからない。たとえ有能な人に出会えたとしても、高い賃金が採用のネックでした。そこで、採用方針を切り替え、日本語ができるスペイン語圏出身の外国人を探すことにしたんです。2015年10月、当社で初めて採用した外国人社員は、スペイン語圏であるボリビア人と中国人の2人でした。
―2人の採用に至った経緯を教えてください。
当時、山形大学工学部とボリビアの国際交流が始まり、知り合いの会社でボリビア人留学生がインターンシップをしていました。その社長から他にも留学生で良い人材がいるという話を聞き、担当教授の同席で面接をしたんです。彼はスペイン語だけでなく英語も日本語も堪能。漢字が読め、メールもできました。「いずれはメキシコ工場に赴任してほしい」という意向も伝えた上で、採用しました。面接の際、教授からの紹介を受け、その後に出会ったのが山東省出身の中国人。中国でのビジネスは山東省での技術開発が中心だったので適任でした。当時は毎月中国に行っていたので、彼とは常に一緒でしたね。
―外国人雇用のノウハウがない中、2人の外国人社員が会社に溶け込むために工夫されたことはありますか。
外国人2人は、社長直属の部下として私自身が教育係になりました。不安を直接聞くことができますし、社員間のハレーション対策にもなります。2人ともとても明るい性格で、自分から社員に話しかける場面も多く、何より前向きに努力するタイプ。社内では、むしろ2人の前向きな姿勢につられるように社員の士気が上がりました。
―初めのうちは、社員にも不安や戸惑いがあったのではないでしょうか。
外国人社員にも日本人社員にも戸惑いはあったと思います。例えば言葉の問題。2人とも日本語はできますが、社員との会話には聞いたことのない山形弁が混じります。曖昧な表現も伝わりません。だからこそ、お互いの話をよく聞き、具体的な言葉で指示を出して、本当に相手が理解しているか確認し合うことを徹底しました。今では、外国人、日本人関係なく、よく話し合うことが会社の文化として定着しています。外国人社員の入社に伴う社内ルールやサポート体制は、2人と過ごす中で構築していきました。
―社内ルールやサポート体制の構築の際に留意された点はありますか。
外国人社員だから特別なルールをつくるということは原則しませんでしたが、外国人・日本人といった属性に関わらず、全社員にとってルール化すべきことを整備してきました。ただし、外国人社員へのサポートに関しては、トライ&エラーを繰り返しながら、充実させてきました。例えば、外国人社員の配偶者が無職だと、孤立しがちになるので、当社では一緒に雇用し、ビザの範囲で働いてもらっています。これは、外国人社員の離職は、職場環境というよりも、プライベートな生活面での要因が影響するということが分かってきたからです。
―病院に日本人社員が付き添ったり、自動車免許の取得や一時帰国などのために貸付制度を設けたり、ときには日用品の買い出しのためにスーパーマーケットに送迎したりと、プライベートでも寄り添った手厚いサポートをされていると伺いました。
外国人社員が特に苦労するのは、病気のときや妊娠したとき。言葉が通じない外国での出産は不安も大きく、届出などのさまざまな手続きも必要です。当社では、病院の付き添いだけでなく母子手帳など行政手続きもサポートします。これまでは、製造業務に直接携わらない役職者が病院の付き添いなどを行っていましたが、当初2人だった外国人社員も今では93人。細かなサポートも難しくなり、2025年2月からは外国人社員への対応を専門的に行う部署を新設しました。外国人社員の中には自分から困りごとを言えない人もいるので、面接で悩みを聞き一緒に解決しています。
また、山形では外国人コミュニティも限定されるので、社外でも孤立しないよう、定期的に外国人社員の家族も一緒に参加するイベントを開催しています。
―社内では他にもさまざまなイベントを企画されているとお聞きしました。
外国人向けのイベントとは別に、花見、ビアパーティー、忘年会などは全社を挙げて行っており、出席率はほぼ100%です。社員の子どもの分も会社負担で招待するので、子育て世代も参加しやすいんです。年間のイベント費用は相当かかりますが、部署を横断して全社員が同じ意識を共有するには、顔を合わせる場面が必要です。そう考えれば、決してその費用は高くはありません。私たちの行動指針は「理解」「尊重」「共有」。そして、会社を主体性のある組織にするには、「共有」「共感」「共鳴」「共創」が大切です。社内行事が「ともに」のマインドを生む一助にもなっていると思います。
―外国人社員や女性社員の役職者への登用にも積極的ですね。
現在、外国人社員93人のうち22人が管理職の役職者です。最初に採用した中国人は、奥さんの妊娠を機に帰国しましたが、ボリビア人社員はメキシコ工場のナンバー2に成長しました。
また、私が社長に就任した当時は女性管理職がゼロでした。そこから、優秀で勤続年数の長い女性社員を積極的に役職者に登用し、現在では、240人の社員のうち89人が女性で、女性管理職は17人です。最初の女性管理職は、外国人社員のときと同じように、社長直属の部下にしました。突然役職が付いたことによる不安を取り除くため、そして、他の社員のハレーションを考えてのことです。
―子育て中の社員でも管理職を担えるような仕組みをつくり、育児と仕事を両立できる職場づくりに積極的に取り組まれていると伺いました。
当社では週一回、役職者全員を対象としたミーティングを行っていますが、子育て中の役職者は出席しなくてもいい仕組みをつくってます。それは、子どもの体調不良など急な欠勤の際も同じ。多能工化を進め、誰かが休んでも他の人が対応できる体制を整えました。日本人も外国人も、長く働いてもらうことを前提とした組織づくりをしています。
―さらには、チャレンジド雇用も行っていますね。
チャレンジド採用は約3年前からスタートし、現在5人が働いています。外国人社員の雇用や、女性のマネジメント職の登用などで組織が進化する中、ダイバーシティ経営企業として次に取り組むべきことがチャレンジドの採用でした。当社の場合は、単純作業や掃除などではなく、仕事の価値を感じられる業務をお願いしています。製造ラインで必要な作業机や棚といった付帯設備を造る仕事です。人によっては時間どおりに作業したり、他者とのコミュニケーションが苦手な方もいますが、こうした仕事は時間や人に追われることもなく、自分の成果物が製造に生かされることでやりがいも感じられます。どうすればチャレンジドの社員を組織に融合させて貢献してもらえるのか、その方法を見出せたのは、外国人雇用での学びがあったからです。
―外国人の雇用や女性のマネジメント登用におけるメリットをどうお考えですか。
外国人だから、女性だから特別なメリットがあるとは考えていません。あくまでも“人として”の採用であり評価です。会社が成長するときに必要なのは人材です。2019年に119人だった社員も、今では240人まで増えました。5年間で、しかも山形で、これだけの日本人を採用するのは困難な中、会社とマッチしたのが外国人でした。現在では、外国人からの当社の認知度も上がり、正社員の割合が日本人よりも外国人が多い年もあります。
女性管理職に関しても、男女関係なく、個人の会社への貢献を会社として評価して、待遇の面でそれに報いたいと思ったからです。
ただ、外国人社員が我々と一緒に働いてくれなかったら、今、こうした会社にはなっていなかったですし、会社の将来をつくっていく研究開発部門に注力していくことも難しかったと思います。それを一番実感しているのは日本人社員です。もともと、当社にはめっき加工の技術に長けた職人はいましたが、研究開発の部署には独自の技術がありませんでした。そこに、感性の鋭い外国人社員が入ることで、ロジックの組み立てが得意な日本人社員とシナジー効果を生み、開発が進んだのです。
―研究開発以外に大きく変化したことはありましたか。
企業風土が大きく変わりました。それまでは、挑戦の経験がない固定型のマインドセットでしたが、外国人社員のチャレンジ精神に触発され成長型に転換しました。相手の話をよく聞くなど、助け合える組織になったことも大きな変化です。
―御社は「めっきでレボリューション」をビジョンに掲げています。今後についてお聞かせください。
2015年当時は、開発ができる人もノウハウも不足していたため、外部との連携により、自社にはない技術やアイデアを取り入れることで、新しい価値を生んできました。それが軌道に乗ってきたことで、より付加価値の高い仕事をするために、それまでの仕事を整理するとともに、将来を見据えた設備投資を決断しました。
更なる成長に向け、2018年からはゼロから新たな分野での強みを作り上げるレボリューションを目指して、MEMS(微小電気機械システム)やバイオミメティクス(生物模倣)技術の開発に着手しました。それらは着実に完成へと近づいています。今、私が目標としているのは、売上高100億円企業です。この規模の企業になると、雇用の絶対数だけでなく、チャレンジドの採用を増やすことも、より良い就労環境を整えることもでき、それが、ここ山形の地域のためになると思うからです。そしてそれが当社の110年の歴史を、次世代に引き継ぐことになると考えています。
企業情報
スズキハイテック株式会社
業種 | 製造業
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住所 | 山形県山形市銅町2-2-30 |
TEL | 023-631-4703 |
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