HOME / NEWS / 令和6年11月6日開催『SENDAI CORE COMPANYシンポジウム』レポート
お知らせ 2025.01.23
地域経済を活性化し、持続的に発展させるヒントとは――。『SENDAI CORE COMPANYシンポジウム』第一部は、「なんとかなる」を旗印に急成長を遂げた金属加工業の株式会社井口一世の代表取締役・井口一世氏の講演「優れた人材を集め、高収益を実現する秘訣」。第二部では、仙台市地域中核企業輩出集中支援事業に選定された5社(株式会社今野印刷代表取締役・橋浦隆一氏/データコム株式会社取締役・小野寺裕貴氏/ベストパーツ株式会社代表取締役・室橋勝彦氏/株式会社山一地所代表取締役社長・渡部洋平氏/WIDEFOOD株式会社代表取締役社長・伊藤直之氏)が登壇し、さらなる成長をめざす企業の戦略や課題についてパネルディスカッションが展開されました。その模様をレポートします。
2001年に自らの名を社名とし、金属加工業の「株式会社井口一世」を起業した井口氏。社員2名、売上1600万円、残業時間は月100時間以上におよぶ状態からスタートし、23期目の現在、社員44名で売上は186億円(2024年3月期)に達する高収益企業へと発展しました。目をみはる成長を支えているのは、金型を使わずに金属を加工する「金型レス」などの斬新なビジネスモデルと、惜しみない設備投資、そして常識をくつがえす人材採用・育成のメソッドです。「優れた人材を集め、高収益を実現する秘訣」と題した講演では、高収益企業としての魅力ある経営戦略・人材戦略が語られました。
製造業は原料を仕入れ、納品して売上を回収するまでに短くても半年以上を要します。資金調達に困ったとしても、金融機関は実績と信用のない企業には容易に融資しないので、なかなか売り上げも伸ばせません。
「私どもも創業から数年は苦境にありました。最初の転機は2006年。埼玉県が主催する第1回渋沢栄一ベンチャードリーム賞奨励賞を受賞したのを機に中小企業経営革新支援法の認定を受けたことです」と井口氏。さらに数々の賞を受賞し、増資を繰り返しながら現在に至ります。
「大きな転機となったのが2013年のJAPAN Venture Awards 2013経済産業大臣賞の受賞です。業界紙や経済誌、テレビ番組でさまざま取り上げられました。弊社はお客様のニーズに合わせて開発し、生産する企業です。つまり開発したものは100%ビジネスになる。ですから、お客さまがどうしていいかわからない、困っているという点を引き出させていただくのが、営業の能力だととらえています」。
井口氏は“第一印象”を大切にしています。一度聞いたら覚えてもらえる社名もその一つ。パンフレットの文字も最小限で、3つのビジネスモデルを列挙するのみです。「一つは、【高い金型はいりません(金型レス加工)】。二つ目は【単価が1/2~1/3になります(切削レス加工)】。三つ目は【適正価格を簡単・即座に算出できます(板金製品の見積・査定ソフトウェア「これいくら」)】。そして、〈詳しくは井口一世で検索してください〉で終わりです」。ネットで検索すると同社ホームページだけでなく、関連記事や井口一世を特集したテレビ番組の動画などがヒットするため、企業への理解をより深めてもらうことができます。
もう一つ大切にしているのが、「順境、逆境ともに良し」「なんとかなる」という精神。「いろんなことがありましたが、私たちも苦境を楽しみ、乗り越えて、今なんとかなっています。〈なんとかなる〉はわが社の登録商標でもあります」。
ビジネスモデルの筆頭「金型レス」とは、文字通り金型を使わない金属加工のこと。金属加工には切削、鋳造、鍛造、プレスなどがあり、高精度で大量に生産できるプレスの場合、専用の金型に材料を入れて圧力をかけて成形しますが、金型自体の製造に大きなコストがかかります。そこで、金型を作らずに金属を加工する技術を開発し、製品の製造コストを削減したのです。また、スマートフォンのケースに代表される金属の切削加工は文字通り材料を削って成形するため、材料の歩留まりは約21%にすぎません。その無駄をなくすため板金加工で精密に成形することに成功し、歩留まりを大幅に改善できました。環境負荷の少ない技術だといえます。
また、自社業務の合理化を目的に開発した「これいくら(板金部品見積ソフトウェア)」は、データベースの社内利用に留まらず、知財販売戦略へと応用されています。
これらのビジネスモデルはいずれも、ノウハウの数値化や製造方法の標準化を積み上げて構築したもの。「これからの“産業革命”は、ものづくりとITの融合です。技術はビッグデータであり、社員はデータサイエンティスト。誰もできなかった領域のものづくりを、ICT技術を駆使して実現したい」と明言します。
製造業の課題には技能の継承も挙げられます。それについて井口氏は「金型レスというビジネスモデルを進めるにあたり、すべての技術をデジタル化してきました。これは重要な知財システムです。例えば私どもは最新鋭のヨーロッパ製マシンを導入していますが、その操作を新たに採用した若い製造技術未経験者が担当しています。これもデータベースを駆使したノウハウの積上げがあるからこそ。職人の経験や知識に頼るのではなく、AIを活用し、ビッグデータをコントロールして技能を継承していきます」と対策を打っています。
年間500~1000人もの応募者があるという株式会社井口一世。採用関連の媒体は最小限に抑え、SNSを活用して大学との情報交換や学生との交流会を行うと同時にオフィス環境を整備した成果です。
「求める人材を採用するため採用戦略を見直して、経験の有無や男女を問わず募集したところ、製造業未経験かつ文系の女性の応募が増えました。そこで、女性を積極的に採用し、女性が働きやすい環境を整備して、さらに自動で動く装置を採用したのです。工場のワーカーというよりもオペレーター。付加価値があがるとより能力を発揮でき、結果的に優秀な女性が集まるようになりました。2010年から大学新卒を採用し始め、毎年5名を採用しています」。
しかし、応募者の中からいかに優れた人材を選ぶかが一苦労。ポリシーは「人材教育は採用から」。未知の能力を持った人材を見逃さず、「勝手に勉強して勝手に育つ人材」を採用することにしているといいます。6次選考まで実施し、毎年5人~10人を採用しています。
女性従業員の比率が64.7%にもなり、管理職登用も男女の格差は皆無。女性の能力を引き出し、産休・育休の充実など女性の働きやすい環境づくりも整えています。産休・育休で空いた穴は複数人で埋めるため、仕事の割り振りをすることで各人がおのずと複数の技能を習熟して多能工化していきます。また、DXを活用して男女を問わずマクロ的な仕事を平準化し、作業の負荷を減らすこともポイントです。
一方で、金属加工や加工機について知識がない人材に対しても、先輩や経験者から基本的操作以外は「あえて教えない」というルールがあります。これは各自の発想が教育する側の発想に留まることを防ぎ、自由な発想とトライ&エラーを促すためです。「失敗してもおとがめはナシ。社員にチャレンジの機会を与えています」。 人事評価は詳細なスキルマップによって随時行い、それに応じて給与も随時アップ。これは井口氏の「恒産なくして恒心なし」というモットーにもとづく方針です。これは『孟子』の一節で、安定した収入がなければ安定した心で仕事に取り組むことはできないという考え。「入社3年目で家賃などの生活費を全く心配することのない年収、5年目ではさらに余暇や自分への投資に使える年収を基準とし、昇給スケジュールを組んでいます」。
設備投資は年間売り上げの15%から20%、年間の減価償却は30億円です。2011年に完成した所沢新町の新工場では、誤差が0.5マイクロメートルという世界一精密な板金加工機器を導入しています。そのほかにも世界一高精度な画像測定器など、最新鋭の設備が整い、年間を通じて室内温度は23度、湿度、振動、照度等の環境もコントロールしています。しかも内装は白が基調でトイレはホテル並み。社員のユニフォームは作業服ではなく白衣ということも、板金工場というイメージからかけ離れています。「これは高品質な製品製造のためでもあると同時に、作業者のための環境づくりでもあるのです。働きたい職場、お客様をお招きしたい会社、友人に自慢したい会社をめざしています」。
井口氏の講演に続き、第二部では仙台市地域中核企業輩出集中支援事業に選定された5社が登壇。オーナー企業や老舗企業の事業承継を手掛ける株式会社カナデル代表取締役・小泉京子氏がモデレータを務め、各社の成長戦略や課題について対話が展開されました。
株式会社今野印刷代表取締役・橋浦隆一氏は「印刷業界はパソコンの普及によって大きくビジネスモデルが変化した。紙への印刷だけではなく、情報とコンテンツを結び付けて発信するスペシャリストとなるのが理想。現在最も力を入れているのはBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)。DMやパンフレットの印刷から派生したキャンペーンの企画運営、あるいはコールセンター業務などのBPO分野は売り上げの半分に近づいている。二つ目はデジタルコンテンツの発信とデジタルマーケティング。課題は、祖業である印刷のケイパビリティをいかに伸ばしていくか」と語りました。
スーパーマーケットや小売業の経営改善・業務改善のためのデータ分析ツールを提供するデータコム株式会社取締役・小野寺裕貴氏は「仙台・東京2拠点で市場シェア50%だが、ターゲット層はデータ分析によって売り上げを伸ばす意識が希薄で低予算の場合が多い。限られた予算でいかに効果を上げるかがシビアな問題。また、新しい商品を手掛ける余裕がないので学生や他企業とのコラボや他業種でのデータ提供も考えていきたい」と課題を提示しました。
ベストパーツ株式会社代表取締役・室橋勝彦氏は、住宅設備機材の販売で独自のマーケティング戦略を展開するなかで、「各商品のスペックと使用のメリット、使用した施工法を整理した『ベストパーツカタログ』が顧客に普及し、正確な在庫管理、迅速な出荷システムも構築した。豊富で特徴のある品ぞろえは他に類がなく、『困ったときのベストパーツ』となった。ただ、既存顧客にはこれらの利便性が当社の強みだと伝わっていない。ターゲットを再定義して市場拡大したい」と具体的な方策を示しました。
株式会社山一地所代表取締役社長・渡部洋平氏は事業承継して14年。「先代社長は社員に『お客さまに可愛がっていただくことが大事』と言い続けてきた。優秀な社員が育ち、社長が出ていかなくてもよいほど担当者と顧客との信頼関係が築かれたが、その反面、仕事が属人化していることが課題だ。社内でもっと情報を共有すればよりよい提案ができるだろう。また、幹部人材を採用し、従来の個人の力を結び付けて組織化していくことが大きな課題。地元の若者の流出を留めるためにも『目標年商100億』をキャッチフレーズに、地域に面白い会社があると知ってもらいたい」と抱負を語りました。
父親が創業した「肉のいとう」を起点に輸出や飲食事業も展開するWIDEFOOD株式会社代表取締役社長・伊藤直之氏のテーマは「家業から企業へ」。「2015年に両親や親族が従事する家業を継承し、企業としての基盤づくりに着手した。報告・連絡・相談の〈ほうれんそう〉の徹底を経て、部署間のコミュニケーションとコンプライアンスの構築、ビジョンの再定義の段階にある。今後は衛生管理の徹底と人事評価の制度化、商品の高付加価値化に取り掛かりたい」と進捗と課題を提示しました。
第二部終了後は登壇者と一般参加者による交流会。「肉のいとう」のオードブルを囲みながら、和やかな雰囲気のなか、それぞれ情報交換をしながらネットワークづくりのきっかけをつかんでいました。