株式会社アップルファームは、仙台市若林区にある「自然派ビュッフェレストラン 六丁目農園」をはじめ、保育園、障がい者派遣業務や障がい児放課後デイサービスなど、全13拠点で事業を展開しています。同社の企業理念は、障がい者をはじめとする社会的弱者を従業員として雇用し、「個人の役割を見つけ、それを発揮させる」こと。そして、「社会的弱者を納税者にする」ことです。社会課題の解決につながるこの取り組みは、2024年度仙台「四方よし」企業表彰において、優秀賞とダイバーシティ経営特別賞をダブルで受賞しました。
―仙台「四方よし」企業表彰では、障がい者の就労支援や就労機会拡大を担う事業内容と、企業の収益性を追求し、障がい者の自主性を高めることで納税者にする取り組みが評価されました。結果を受けての感想をお聞かせください。
15年前の創業以来、ダイバーシティ経営の推進には精力的に取り組んできましたので、改めて公的に評価をいただきうれしいですし、これまでスタッフとともに歩んでこれてよかったと感じています。当社は、障がい者をはじめとする社会的弱者を雇用し納税者として社会参加を促す、ダイバーシティとインクルーシブを目的とした会社です。その目的を達成できている点にも着目いただけたと感じています。
―御社の中心事業である「六丁目農園」は、好立地とは言いがたい場所でありながらも、平日でも満席になるほど繁盛しています。お店のコンセプトとして、障がい者雇用を積極的に打ち出されているのでしょうか。
アンケートを見ると、6割の方がご存知ないようです。それは私たちの狙いでもありました。私たちの望みは、純粋に食事を楽しんだ後にこの店の背景を知っていただき、「障がい者が社会参加しているのはすごいね」と、ここのストーリーをお土産のように持ち帰ってもらうことです。その上で、「おいしいお店だからまた行きたいね」と言っていただけたらうれしく思います。そうした考えから、これまでは障がい者雇用を積極的に打ち出していなかったのですが、今回の受賞を機に、多様な人材が活躍しているお店であることをもっと発信していこうと考えています。
―御社自ら障がい者雇用を発信していくことで、どのようなことを期待されていますか。
今、世の中は「もの」の時代から「こと」の時代へと変化し、人の価値観も変化しています。単においしいものを食べて満足するだけでなく、自分の購買活動が誰かの役に立ってお腹も心も満たされ、お店の売り上げが増えて、障がい者が納税者になるという、新しい社会の循環が広がることを期待します。自社の取り組みを通して、CSR(企業の社会的責任)からCSV(共有価値の創造)の世界観をつくりたいですね。
「企業は社会の公器」という松下幸之助(まつしたこうのすけ:「経営の神様」と呼ばれる日本の実業家)の言葉があるように、昔の日本人は長屋暮らしでお互いに助け合い、人を大切にして暮らしてきました。そんな人間関係を未来につないでいくビジョンを描いています。
―社長が福祉業界に進出されたのは、事故で重度の障がいを負った義理の弟さんの存在が大きかったそうですね。
はい。とはいえ創業前までは、福祉分野は専門家の仕事だとずっと思っていました。
私自身は、18歳のときに父の会社が倒産して家族と共に苦労した経験を持ち、お金を稼いで父のリベンジを果たすことを目的に30代中盤まで走り続けていたんです。たくさん転職をしましたし、起業して失敗もしました。そんな競争の世界に行き詰まりを感じていたとき、知り合いが二宮尊徳(にのみやそんとく:江戸時代後期の経世家、農政家、思想家)の「たらいの水」(※)の話をしてくれました。「自分にとって、たらいの水を押し出す作業は何だろう」と立ち止まって考えたとき、私の家族の課題だった義弟の姿が浮かんだのです。障がい者を取り巻く環境に着眼したことが、私にとって人生の転機になりました。
(※)たらいに張った水を自分の方に引き寄せようとすると、水はたらいの縁に当たって反対側に逃げてしまうが、逆に手前から向こう側に押し出すと自分の方に返ってくる。相手を思って働くことが、結果的に幸福となって自分に返ってくるという考え。
―会社設立に向け、取り組まれたことを教えてください。
まずは、仙台市の職親制度(※)を利用し、当時経営していた“たい焼き店”で障がい者を雇用し、一緒に働きました。半年間の契約で発達障害を持つ30代の男性を紹介してもらったのですが、最初のころは、たい焼きを素手でつかんでお客様に渡したり、お客様を「おい」と呼んだりと、ヒヤヒヤすることがありました。ただ、仕事をお願いするうちに他のスタッフを真似て「いらっしゃいませ」を言えるようになり、2ヶ月後にはたい焼きが焼けるまでに成長したんです。半年経った頃には、お店にとって必要な存在になっていました。
(※)職親制度…知的障がい者の更生援護に熱意を持っている事業経営者で希望する方を職親(職業と生活の親代わり)として登録し、知的障がい者を委託して生活指導及び技能習得訓練を行う制度のこと。
―実際に障がい者と働くことで成長を実感することができ、新たな発見があったんですね。
その後、事業立ち上げに向けて、福祉施設の視察を行いました。視察の中で、多くの施設では障がい者一人ひとりの能力を生かせていないのではないかと感じました。時間に追われるのは苦手かもしれませんが、忙しい職場に身を置くと、初めは戸惑いながらも徐々にスピード感に慣れて仕事のレベルが上がります。それは、健常者も障がい者も変わりません。軽作業を繰り返し、安い給料で働く障がい者の姿を肌で感じ、自分が福祉の分野に入って彼らの就労環境を変えようと決意しました。それが、アップルファーム設立の経緯です。
―「六丁目農園」において、障がい者の働きやすさという観点で重視した取り組みはございますか。
私自身、飲食業に携わった経験があったので、レストランならこれまでの知識が生かせると思いました。しかし、飲食店にとって重要な「臨機応変な対応」と「接客」は、多くの障がい者が不得意とするところです。そこで、お客様ごとにオーダーを取る必要がなく、店側がフレキシブルにその日のメニューを決められるビュッフェ形式を採用しました。調理がうまくいかなかったときはそのメニューの提供をやめて変更するという対応もできますし、ワンプライスなので会計の対応も簡単です。ヘルシーな野菜料理にしたのは、レストランの魅力になると考えたから。自社農園で野菜を育てレストランが全量買い取り、さらに規格外野菜も活用する仕組みも作りました。
―障がい者雇用も規格外野菜の活用も、社会課題の解決という点で共通していますね。
規格外野菜だけでなく、農業は耕作放棄地を使用し、店舗は不良債権化した居抜き物件を利活用するサステナブルなレストランにし、この条件下でベストを尽くそうと決めました。それは、障がい者と働く点においても同じです。障がいの特性によってはできないこともありますが、そこに目を向けるのではなく、長所を見つけて伸ばすことを重視しています。
―個人の役割を見つけ、その力を発揮してもらう。それは、御社の企業理念の一つです。どのように得意不得意を判断しているのですか。
ジョブローテーションを行いながら、本人の適性を判断しています。職場や仕事が変わることは本人にとって大きな変化となります。そのため、日ごろから本音で話してもらえる関係性を築き、定期的に行う個人面談を大切にしています。得意なことに特化したスペシャリストは、経験を重ねるうちにマルチタスクに成長する人もいますし、15年勤続した従業員は技術力が増しています。以前は年1回だったメニューの更新も、彼らの技術力アップとともに年2回、季節ごと、月1回と、短いサイクルでできるようになりました。
―レストランに始まり、お総菜のデリバリーや障がい児放課後デイサービス、障がい者グループホームなど事業が広がったいきさつを教えてください。
障がい者の親御さんなどから話を聞き、ニーズに応じて新たな事業を展開してきました。例えば、「子どものうちから社会性を身に付けられる場があったら」という話を聞いて社会活動の基本を教える放課後デイサービスを立ち上げ、「親が亡くなった後が心配」という声を受けてグループホームをつくり、「六丁目農園に行きたいけど行けない」という人のためにデリバリーを始めたといった具合です。飲食店に限らず展開したことで、今では外部環境の変化に大きく左右されない体制を構築することができたと思います。コロナ下でデリバリー事業の需要が増えたことでより一層、事業を多角化する重要性を実感しました。
―障がい者に加えて、依存症や元受刑者といったさまざまな人材を受け入れるなど、雇用の幅を広げたのはなぜですか。
依頼を受けているうちに自ずと広がってきました。「障がい者」も「依存症の人」も、一人一人に合わせて寄り添うことに変わりはありません。彼らの変化や成長など成功事例を積み重ねることで、助け合いや補い合いの精神が社風として浸透したため、新しい人が入っても既存社員と良好な関係性を築くことができています。
―御社は、「利益を追求し、障がい者を納税者にする」という企業理念を実現させています。それを可能にした背景を教えてください。
就労を通して障がい者に自分の役割や意義を実感してもらうことは当社の一番の目的ですが、福祉に甘えるのではなく、自ら稼ぎ納税するモデルをつくらなければいけないと考えました。弱者支援と企業利益を両立させるのは難しいことです。それを実現させるには、各分野のスペシャリストを横串でつなぎ、新たな事業を生み出すデザイナー的な役割が必要だと思います。私の場合は、そうしたビジネスマインドを持ってさまざまな業界を経験し、家族をきっかけに福祉の世界を見たことで、社会課題と利益の出る事業をマッチングさせることができました。こうした事業構想は私にしかできないわけではありません。必要なのは、社会課題の解決に意義を感じ、本気で取り組む熱意があることだと感じています。
―渡部社長がノウハウを提供されていることで、御社のビジネスモデルは県外にも広がっていますね。
日本全体の社会課題を解決するため、自社をモデルにした福祉事業を県外にも増やしていきたいのですが、私たちだけでは展開のスピードに限界があります。熱意のある人にこの取り組みを真似てもらうことで、速度を上げて全国に広げられると考えました。事業の継続には、地域課題を解決するという企業理念こそが重要だと考えています。儲けることを一番に考えるのではなく、信念を持って地域課題の解決に取り組んでいる企業や人には、惜しみなく情報を提供したいと思っています。
―最後に、御社の今後の展望についてお聞かせください。
そうした企業理念はもちろんですが、この仕組みを継続し、今後も拡大させていくには、収益を上げることも重要です。これからは社員数と売上が正比例する業態は厳しくなると考えていますので、雇用数の増加を上回る売上を確保するため、食品製造工場を立ち上げる予定です。
また、企業における障がい者の法定雇用率は2024年4月に2.5%となり、2026年7月からは2.7%にまで引き上げられます。今後はより一層、障がい者を含めた多様な人材を活用していくことが、国の施策や雇用環境においても求められるところですので、障がい者雇用を始めとしたダイバーシティ経営の更なる普及を目指し、首都圏でも啓蒙活動を行いたいと考えています。ほかにも、私たちと思いを同じにする企業とのプロジェクトが進行中です。これらの実現によって、さらに障がい者が自分の役割を発見し、力を発揮してくれることを期待しています。
企業情報
株式会社アップルファーム
業種 | 医療・福祉・介護事業
教育・学習支援業
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住所 | 仙台市若林区六丁目字南97-3 東インター斎喜ビル1F |
TEL | 022-390-1101 |
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