国道4号、国道45号、三陸縦貫自動車道などの高規格幹線道路に囲まれる宮城野区扇町は、多くの流通業が集積する物流の一大拠点。この地に1982(昭和57)年に創業したのがベストパーツ株式会社です。地域の成長とともに事業規模を拡大させ、“ニッチなニーズも満たす部材調達の専門家”として住宅設備部品の現場を力強く支えています。多品種小ロット管理や即日発送をAIの導入により可能に。「2030年には売り上げ50億」を目標に掲げ、様々な変革を行っています。
―東日本大震災では、経営判断を強いられる局面が多々あったかと思います。当時の状況をお聞かせください。
震災前の経営環境は、幸いにもリーマンショックの影響もなく、順調に推移していました。当社は住宅設備機器の卸売業ですが、2001年に登場した高効率給湯器のエコキュート(※関西電力の登録商標)が関西以西で普及が進み、需要地に近い場所に事業拠点を移すべきか検討していた折の震災の発生でした。
―どのような形で会社を存続させていくのか、熟慮されたのではないでしょうか。
当社のビジネスだけを考慮すれば、阪神間に新天地を求めるのがベストだろうと考えました。早速、物流部門の責任者に「大阪に行ってほしい」と告げると、次の日、涙ながらに「家族を伴って赴任する」と。また、先輩経営者に相談すると、応援してくれると思いきや、「ともに地域を再興しようという考えはないのか」と叱咤され、「家族を残して単身赴任すればよいのでは」、「まずは自社を軌道に乗せることから着手したい」という考えは、正すべきものと学んだのです。
私は大きく目を開かされた思いでした。利益の最大化を目指すことだけが経営者ではない。社員、お客様、そして地域とともにあってこその会社なのだと、その時腹落ちしました。震災はそれまでの経営者マインドを揺るがし、新しい地平へと運んでくれた経験でした。
―再建した社屋には、今後の事業における狙いが込められているとお聞きしました。
この建屋は、再生可能エネルギーである地中熱を利用したヒートポンプ空調システムを採用しています。これは地中に存在する熱エネルギー(外気温に左右されず、年中ほぼ一定の温度)を活用して、冷暖房を行うものです。CO2排出量を削減でき、エネルギー効率も高いという特徴があります。これからの低炭素社会の要請に応えるものであり、既にヨーロッパでは広く普及しています。社屋を再建する際に今後の事業展開の可能性を見据え、まずは自社で本設備を導入することにしました。
―近年、デジタル技術を活用して、業務プロセスなどを変革させるDX(デジタルトランスフォーメーション)への取り組みが求められています。御社では、手書きの注文/発注書の文字をAIに認識させるAI-OCR(Optical Character Recognition:光学的文字認識)を独自に開発されたようですね。
DXと手書き文字とは対極ですね。しかし、私たちのお取引先は、手書きの伝票をFAXで注文するというスタイルが主流です。発注には、担当者や上長の印鑑が必要という企業文化もあります。こうした発注システムは、あと10年は続くであろうという判断の下、2019年から開発に取り掛かりました。AIは、画像から特定の対象物を検出する画像認識、分類、生成、加工などに強みを持っています。私は実際に、多様な形状の物体が、高い精度で判別される画像処理技術を見て、これならさまざまな手書き文字にも応用できると踏んだのです。
―業務効率化を模索する中で、AI-OCRの開発につながるキーマンと出会ったそうですね。
2018年に、AIに関するトークイベントで、元グーグル社のシニアストラテジストだった石角友愛氏と相知ることになりました。石角氏は、パロアルトインサイトLLC(米国カリフォルニア州シリコンバレー)を起業されており、当社は同社とパートナーシップを結び、開発を進めたというわけです。
試行錯誤の連続で、「これは形になるのだろうか」と不安に陥ることもあったのですが、わが社として小さくない投資をしたので、撤退の決断をすることが難しかったのですね。しかし、パロアルトインサイトからは社員のAIリテラシー向上という高い視座で取り組むべきと指南があり、ヒアリングも管理職ではなく、実際に作業をしている従業員を対象にしてくれました。パロアルトインサイトでは「AIは使い手のものであり、人の能力を拡張してくれるものだ」というポリシーが貫かれていましたね。
運用開始したのが、2022年。当初は認識エラーや不能が続出でしたが、1年も経つと機械学習も深まり、読み取り精度が改善され、飛躍的に能力が向上しました。現在は93%の文字判別率を誇り、受注事務の効率化に大きく寄与しています。このシステムは当社が版権を有しているので、販売も視野に入れていますし、実際、いくつかの引き合いがあります。
―AI-OCRは省力化に大いに貢献したようですが、貴重な人材を活用しての新たな展開もあったのではないでしょうか。
そうですね、カタログの内容充実、ECサイト、公式SNS、ブログの運営、セールスフォース(クラウドベースの顧客関係管理プラットフォーム)の最適化などを進めています。
カタログは、社員が苦労しながらゼロから作り上げた力作です。版を重ねるごとに掲載商品も増え、今では1万7000超ものパーツが並んでいます。ここには納期や商品説明、仕様図面などあらゆる情報が網羅されています。お客様からは「設備部品のバイブル」「業界の赤本」と愛されるまでになりました。
「ベストなパーツ」と銘打った情報ブログでは、現場の困り事や作業の効率化に役立つ最新技術・器具などを紹介しています。痒い所に手が届く提案は、現場と部材を知り尽くしている当社だからできること。人手不足、熟練工の減少など、現場で起きている課題解決の一助を担いたいと考えています。
ベストパーツの行動規範は“売るな、買われろ”。一見無謀なモットーですが、お客様の仕事の背景を知る努力を怠らず、その立場になれば、おのずと商機はやってくると信じています。
―それにしても1万7000超ものパーツ、そのほとんどを在庫として抱え、即日配送しているとのこと。多品種小ロットの管理手法についてお聞かせください。
入庫・保管・ピッキング作業・ロケーション変更などのハンドリングを全て機械が担う自動倉庫を導入しています。このシステムにより従来平均1分30秒要していたピッキングを約18秒までに短縮しました。
天井高約10メートルの倉庫には階段もフォークリフトもありません。安全衛生に最大限配慮し、男女、年齢問わず働ける環境づくりを目指しました。とはいえ、たとえばお客様からのネガティブな意見への対応などを苦手とする従業員もいますから、互いにサポートするようにしています。
現在、聴覚に障がいを持つ方も在籍しています。必要な作業を階層的に分解し、タスクを明確にしたWBS(Work Breakdown Structure: 作業分解構造)を構築することで、ハンデキャップを持つ方にもその個性と能力を発揮していただけるような仕組みを作ることができました。物流部の管理職は手話を勉強しているんですよ。
―今回、仙台市地域中核企業輩出集中支援事業に手を挙げた動機をお聞かせいただけますか。
当社では、これまで、どちらかというと会社の成長というよりも、社員の働きやすい環境整備を重視してきましたが、会社のマイルストーンとして「2030年には売り上げ50億」を掲げました。現在の実績からはかなり頑張らないと達成が難しい目標です。この達成に向けて、経営者として前進する気持ちを奮い立たせてくれるきっかけが欲しかったこともあり、本事業への応募を決断しました。
―最後に、今後の抱負をお聞かせください。
本事業によるコンサルティング支援が始まり、新しい視点から、自社の姿や経営戦略を見つめ直す貴重な機会だと感じています。
私も経営者としては道半ばです。迷い、逡巡、葛藤など様々な思いに直面することも多いです。しかし、今回の事業を契機に、様々な課題に真摯に向き合いながら、自社の成長の実現に向け覚悟を固めました。今回の事業を通じ、多くのことを学び、自己研鑽と仕事を通じた自己実現に私も含め社員一丸となって取り組み、飛躍的成長を実現させたいです。
企業情報
ベストパーツ株式会社
業種 | 製造業
卸売業・小売業
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住所 | 宮城県仙台市宮城野区扇町7-1-33 |
TEL | 0800-777-1182(平日 7:00~17:30) |
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